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中学不登校→定時制高校から早稲田に行った話

不登校から早稲田へ-サムネイル
不登校から早稲田へ

この記事では、ぼくが中学で不登校になってからーの、定時制高校行って、早稲田入ったゾーってお話です。

ちょっと長いんで、てきとーに読んでくれればよいと思います。

中学時代

ゆうと

中学デビューしたらいじめられて不登校になったおwという流れです。

ぴぐれっと

当時死にそうだったのだれぶひ?

ゆうと

わたしです

中学デビューしたらいじめられた

ぼくは中1の秋頃からいわゆる中学デビューをしました。

小学校の頃は寝ぐせピローーーン&毎日同じジャージから一変。

髪の毛をヘアアイロンでグルングルンに巻いて、ワックスにスプレーウェイ!ウェイ!wみたいな、よくあるやつです。

いやまあ、中学であそこまでデビューしてたのはかなり珍しいかもしれません。。。

そんなわけで超ウェイウェイして「うぇい!女!うぇいWかかってこいよwwwおらwww」というテンションで生きていました。

「かかってこいよwwwおらwwww」というテンションだったんですが、実際にかかってこられていじめの標的になりました。

ありがとうございました(笑)

ただの調子にのっていた厨房だったようです。

いじめられてから

いじめってのは意外と当時のぼくからするとすごくつらいものでした。

毎日友達に囲まれて超楽しいENOJOY LIFEから一遍、教室の隅っこで細々と目立たないようにする日々の始まりです。

中1の頃にいた友達はすべて去っていき、中2の春頃はとにかく目立たないように生きてました。

発見されるといじめられるからですね。

でも案の定、いじめっ子たちは休み時間に標的(ぼく)を探しにやってきます。

いじめっ子「おい、押すなよ!」

いじめっ子「(突進)」

ぼく「(ブハッ)」

というクソしょうもなさすぎるリンチを受けてました(笑)。

当時のぼくは、先生や親に相談できませんでした。

お年頃だったのでいじめられるという事実をカミングアウトしたくなかったんですよね。

そんなこんなで人生に絶望し、ぼくは学校へ行かなくなります。

習い事でやっていたサッカーもチーム内ではそこそこ良い感じだったのが、一気にやる気もプレーも落ちていくばかりでした。

正直、あの頃は発狂しそうなほど人生がつらくて苦しいものでした。

中学行ってもまず上履き探しからスタートで、友達もいないっていう。

中1の頃は、サッカーも良い感じで、友達もいて、恋もして、勉強は学年でビリ付近でしたが、最高に楽しかった!!!!!というのが一変しました。

色で例えると、金色⇒黒って感じです笑。

いじめって怖いですね(´▽`*)

中学で不登校になる

中学へ行かなくなってからは2週間くらいぼーっと過ごしてました。

「あーあー、学校行かなくなっちゃったー。。。」

「高校とかやべーなーーー。。。」

「まあでももうよくわからんし、人生なんてどーでもいいかーーー。。。」

母親はわりと半泣きになりながら、ぼくに「学校行ってよぉぉぉぉぉ」と半泣きでした笑。

父親も「ゆうと、学校行こう。少しで良いから。」と学校推しです。推しメンは中学のようでした。

でも当時のぼくからしたら、学校なんてもう怖くていける場所じゃありませんでした。

いじめられることが怖い

暴力が怖い

周りからの視線が怖い

いじめっ子が怖い

すべてに怯えてました。

当時ガラケーだったぼくのケータイには、非通知の電話、いじめっ子からのメール、昔友達だった人からのメールが度々着ました。

いわゆる人間不信、人間が大嫌いになりました。

ネトゲの日々

引きこもってると徐々に暇になってきます。

そこで小学4年生の頃にやっていたネットゲーム、オンラインゲームをとりあえずやってみることにしました。

オンラインゲームの世界はめちゃくちゃ楽しくて、どんどんハマっていきました。

オンラインゲーム内で友達もできました。

チャットであほみたいなことを言ったり、時には喧嘩したりして、ぼくにはゲームがリアルでした。

ただ1つ違ったのは、ゲームの世界ではいじめられることもないということです。

リアルとは違った人間関係の距離感がすごく心地よかったです。

一方でリアルでは、昼の14時に起きてはネトゲして、朝の6時になる。

なんていう生活をひたすらループして、完全にヤバイやつでした。

髪の毛もずっと切ってないから超ロンゲで、ゴムで一か所に束ねることができるっていう笑。

ヤバイやつですね。

定時制高校に入学

リアル <<< ゲーム

引きこもってからほぼ2年間立って、なんやかんやで定時制高校に入学しました。

定時制高校に入ってからの1ヶ月間はリアルに希望を感じずにはいられませんでした。

「高校に入れば何か変わるんじゃ!?」なんて期待をしてたのかもしれません。

入学したての頃はわりと毎日学校に行ってましたが、徐々にフェードアウト。

5か月なんかは5日も学校に行かないというレベルで、全然学校に行かなくなりました。

当時のぼくからしたら、リアルよりもゲームのほうが楽しかったからだと思います。

オカンにめちゃくちゃ心配されました。

ネトゲ内で目標ができる

(↑わりとこんなんw)

中2からやっていたネトゲで、徐々に優劣のようなものが分かり始めました。

ネトゲ内というのは、リアルがどうだろうが、強い人がもてはやされる世界です。

そして強いことが正義でした。

強ければリアルでどうだろうが、ゲーム内で賞賛されます。

ぼくは徐々にゲーム内での地位が高い人、強い人に憧れ始めました。

気付いたら、ゲーム内で強くなるため、人よりも上にいるためにゲームを始めました。

当時やっていたオンラインゲームでは強い部類の人は、毎月10~20万円ほど現金を課金していたので、それに負けないレベルの装備をゲーム内で揃えるために日夜必死こいてゲームをしてました笑。

実はこのやりこみ方がぼくの自信にもなったりしました。

ネトゲ内で超強くなる

ネトゲ内ではありとあらゆる手段を駆使して、強くなるためだけにプレーしました。

ゲーム規約で禁止されている行為もゲーム内でやれることはなんでもやりました。人よりも強くなるために。

そして日々の努力(?)の結果もでて、そのネトゲ内でかなりの上位ランカーへと上り詰めます。

わりとアッサリ書いてますが、普通じゃ考えられない(大学受験で底辺から難関大学を受験するくらい)の量をネトゲに集中してプレイしました。

強くなったらネトゲに飽きた

強くなってガチ勢しかいけないボス戦なんかもいけるようになりました。

気付いたら周りはニート、フリーター、課金しまくりの社会人ばかりになってました。

「おれTUEEEEEEEEEEE」と思っていたのも束の間、やがて強さは虚しさへと変わりました。

所詮、ゲームはゲームであってリアルではなかったからです。

ゲームでどれだけ強くなってゲーム内で賞賛されても、実はなんもないということが分かってしまいました。

多少の承認欲求は満たせても、なんのためにがんばるのかという意味が分からなくなってしまいました。

朝から晩まで1日中やっていたプレイ時間も、気付いたら1時間未満に。

徐々にゲームの世界からリアルへ戻っていきました。

不登校→定時制高校のリアル

ゲームの世界から引退して、リアルに戻ってきました。

実に3~4年ぶりのリアル!というくらいリアルの生活に意識を向けるのは久々です。

ゲームをやめて完全に暇人だったので、昔所属してたチームでサッカーをしてみたり、少しだけ高校の人とも絡んだりしました。

自分という存在は他者との関わり合いのなかでどういったものか分かってきました。

①ぼくは定時制高校=(見下される)

②不登校=(ヤベエヤツ)

③何も誇れなくて自我が保てない

ということです。

特に不登校→定時制高校だったので、なんかバカでなんもしてないやつって思われることが嫌でした。

(別に思われてなかったかもしれないけれど)

この時は「なんかいやだなぁ。。。まあでもしょーがないか。。。」と思ってました。

ネトゲの2chを見てたら高学歴信者に

ある時、ふと今までやっていたネトゲの2chのスレッドをみたら学歴について書かれていました。

上位ランカーの誰々は東大、京大、早稲田、慶應、明治、、、といったことが書かれてました。

当時のぼくは「ほおおお、やっぱ頭良い大学って崇められるんだなーーーすげーーー」と思いました。

その時にふと思ったのが「あれ?不登校とか定時制高校って良い大学いけばどうでもよくなるんでね?」ということでした。

そこから中1のプラスマイナスの計算すらできない学力から受験勉強へと意識が向き始めました。

大学受験の勉強を始めた

塾で公開処刑されまくる日々

高学歴信者になり勉強を始めたまでは良かったんですが、中学1年から全く勉強をしてなかったので、何も分かりませんでした。

とりあえず何も分からなかったので塾に行くことにしました。

初めての授業で早速自分の実力がバレてしまいます。

講師「この単語の意味は?」

ぼく「わかりません」

講師「これは?」

ぼく「わからないです」

講師「これ(night)の意味は?」

ぼく「わからないです」

講師「これわからないかーwwwwww」

というやりとりを40人くらいいるところでやらかしました。

他にもweekをwalkだと思っていたり、プラスマイナスの計算もまともにできないという鬼畜っぷりでした。

英語の授業を取っていても英単語が何1つ分かりませんでした。

でもとにかくガムシャラに勉強量だけはこなしていました。

勉強法がイマイチ分からない日々

『勉強量』はたぶんかなり確保できていました。

かなり量でごり押ししていて、徐々に偏差値も40後半くらいになってきました。

でもイマイチ勉強のやり方が合っているのかよく分からずにすごく不安でした。

いろんな参考書を買ってみてはやらず、買ってはやらず、塾のテキストもやってみるけどやっぱ1回くらいやって終わり、というような勉強スタイルです。

当時の自分は頑張ってはいたつもりでしたが、偏差値はトータルで40代後半で止まってしまいます。

不安からネットに書いてあることを見ては、さらに不安になり、、、ずっとそんな状態を高3の頃にループしていました。

頑張ってれば受かるんじゃね?という幻想

当時のぼくはある意味アホでした。

「頑張ってればきっと報われるはずだ」と謎の自信のようなものがありました。

「1日10時間やれば」
「先生から褒められれば」
「塾のテストで良い点数を取れば」

といったように目的のための行動を見失っていました。

いつもやってはいるけどどこか違う感が否めませんでした。

全落ちという現実

偏差値40代後半でも、たまにでる50後半の偏差値(まぐれで1科目のみ)のところだけを見て「おれはできる!できるぞ!」とできないところを見て見ぬフリをしていました。

なんやかんやで受験はやってきて、マーチ以上を全部で10校ほど受験することに。

結果は惨敗、全落ちでした。

自宅浪人が始まった

自宅浪人開始

当時ネット上で「参考書学習がええんや!」というサイトに感化され参考書信者になったため、自宅浪人をしました。

自宅浪人する際に決めたのは、現役の頃とは違って、とにかく参考書をしぼって何度もやる!ということでした。

  • 数学は青チャートをとにかくやりこむ
  • 物理は物理のエッセンスからやりこむ
  • 英語は単元ごとに1冊やりこむ

というように決めて、勉強を開始しました。

親からはかなり心配されましたが、伸びるような確信があったので自分でやることに。

自宅浪人で参考書をしぼると超捗った

朝:数学

昼:物理

夜:英語

というように勉強した。

参考書をしぼって勉強していたので、、、

ゆうと

~した。口調に飽きてきたから変えますねw

参考書をしぼって勉強してたんで、なんていうか、これでほんとにいいのか?感は否めなかったですw

「いやいや、これかんたんやーんww」みたいな。

わりと不安にもなりました。

参考書をしぼると必然的に同じ問題を何回も何回もやることになりますよね。

そのせいで、どんどん自分がやっている参考書ってイージーなんじゃね?と思い始めちゃいました。

でもそれでも、とにかくやりこみました。

と・に・か・く・や・る!

ゆうと

かんたんに感じ始めるってことは成長してる証なのかもしれないネ!

初めての模試で良い感じで昇天

現役生の頃は偏差値60とか神だろ。。。偏差値70はGOD!

とか思ってたんですけど、スンナリ偏差値60超えました。

正確には東進模試だったんで、偏差値っていう概念ではなくて、マーチレベルに君は届いているのかなぁ~?どうなのかな~?

判定:届いてるぞっっ!!!!!

というわけで、自分がやってきたことは間違ってなかったんだとめちゃくちゃ嬉しくなりました。

いやー、ほんとに頑張ってきて良かったナァ・・・と6月くらいに思います。

そう、ここからが勝負なのにも関わらず。。。!

それ以降の模試もグイグイ上がる

最終的に偏差値は67くらいになって、早稲田は教育と人科ならB判定くらいはでるようになりました。

早稲田のプレ模試でも数学が偏差値70超えて「うおおお!!!」って感じでした。

なんかもう勉強はやりゃーいくらでも伸ばせるじゃねーか!うぇい!というフェーズに。

参考書を絞って学習すると、反復の回数とかが増えて着実に実力になるみたいでしたねー。

夏から勉強が少しずつできなくなる

ただそれと同時に夏以降に徐々にメンタルがやばくなってきました。

自宅浪人してからなぜかlineがログインできなくなっちゃって、ガチで同年代と話す機会0のなかでひたすら勉強してました。

最初は「まあよくね?どうせ浪人だし受かったら会えばOK」程度に思っていたんですがどうやらやっぱり寂しかったようです。

勉強のペース(コツ)はめちゃくちゃつかめていても、秋以降はほんとに勉強が手につかなくなりました。

朝の3時間できればいいほうで、ひどい時は朝から勉強に向かえなくなるという・・・w

秋以降は自己嫌悪感で本当にガチなレベルで死にそうでした。

ていうかくそ氏にたかったです。

冬には完全に勉強ができなくなる笑

受験へのプレッシャー?というのはぶっちゃけ当時はあんまりなくて、それよりも寂しさや孤独感がやばくて勉強できませんでした。

会話するのはほんとに親だけだったんで、同じ目線で悩みを共有できたり目標に向かって励まし合える友人とかがほしかったんでしょうねー。。。

なんやかんやで冬にはもう完全に失速してました。

たぶん学力も落ちていっていたような。。。

勝手に受験に突入

完全に戦意喪失してる中、受験はやってきました。

人生で二度目の大学受験です。

この時もマーチより下は受けずに、マーチでも明治と立教だけ受けて、あとは早慶上智を受けることにしました。

マーチ落ちたら2浪すると決めてましたが、今思うと2浪していたらたぶん人生に絶望していたと思います・・・w

手ごたえ的に言うと、

マーチ→「あれ?かんたんじゃね?」

上智→「ウワアアアア計算みすったあああ」

早稲田の人科→「英語終わったけど物理と数学神った」

早稲田の教育→「物理の計算ミスった」

早稲田と慶應の理工→「ムズすぎて早く帰りたい」

という感じになりました。

合格発表

1番最初は明治大学でした。

確かあの日は慶應の理工にボッコボコにされた日でした。

ぼくはなぜか受かってる人には当日に手紙みたいなものがくると思い込んでいたので、帰ってすぐにポストチェック!

→「ない」

「アアアアアアアアアアアアアアアアア・・・オワタ・・・。そうか。。。明治はだめだったのか。。。ソウカ。。。」としょぼくれてるところ

家族「受かってるよ」

ぼく「え?MAZIDE?フゴオオオオオオ」

というわけで、明治には受かり2浪はなくなったので安心しました。

立教も手ごたえがあったので個別と全学部どっちも合格していて、最後に早稲田。

合格発表の電話番号に電話します。

1回間違えて、早稲田の事務所っぽいとこに電話しちゃいました。

ぼく「くるか!?くるか!?」

アナウンス「オメデトウゴザイマス・・・うんたらかんたら」

ぼく「フゴオオオオオオオオオ」

あーそういえば、教育もあったような

アナウンス「残念ながらフゴウカクデス」

ぼく「あ、そうでしたよね。すんません」

長かった受験勉強が終わった

かれこれ2年間くらいは受験勉強をしました。

今振り返るとあっという間だった気がしますが、当時はほんとに大変だったなぁーなんて思い返してみます。

英語を勉強し始めても勉強法から単語から何から何まで分からないし、数学も物理もそんなんでした。

ぶっちゃけ今思うと本当に意味がない行為としか思いませんが、泣いてた日もありました・・・w(こう書くと少し良い話っぽい?w)

でも当時の底辺のぼくはそれでも自分のコンプレックス克服のためにも、早稲田に入りたかったんだと思います。

あ、ちなみに良い話っぽく少しなってますが、勉強は自分の利益のためにやるものであって良い話である必要性はありません。

だから「がんばるぞお!努力ううう!!」っていうのはちょっと違うのだけれど、まあでもやっぱりそういう「がんばるぞお!!!」ってとこに落ち着くんでしょうね(笑)。こういう話は笑。

ゆうと

必死にがんばる!!ってよりは、目標のために戦略をねってやるってほうが受験では適切な表現デスネ

ぴぐれっと

勝つためにやるぶひ

2年間に中学高校の勉強を詰め込みましたが、なんだかんだで思うのは、やっぱり正しいやり方を身に着けて、量をこなせるようになるまでがほんとに長かったです。

正しいやり方×圧倒的な量の2つが揃えれば、偏差値というのは数か月でかなり上げれます。

でも、このやり方と量の2つが揃うことって難しいんですよね。

なんていうかどう表現したらいいのか分からないけれど、バッチリハマルのが難しい。

実際、ぼくが受験勉強で本当に勉強できたな~と思うのは、自宅浪人した4月~9月頃までです。

それ以外の時も勉強は一応してはいたのだけれど、やり方がミスっていたり、メンタルが終わって量がこなせなかったりで、本当に勉強できていたのか?っていうと、微妙だったと思います。

ただ、「難しいよ~」で終わらせるのはあまりにもクソというか、クソでしかないので、多少なりぼくから伝えられるノウハウやら大学受験のエッセンスに関しては、このブログに書いてます。

このブログを読んでくれた受験生が少しでも

「勉強のコツが分かりましたぁぁ!」
「勉強への取り組み方が変わりましたぁぁぁ!」

とかなってくれればうれしい限りです。

勉強って先天的な何か(あいつは頭が良いor悪い)で決まっているような風習がありますが、そんなことはありません。

今の立ち位置がどこだろうが、勉強は誰だって本気で取り組めば結果は出せます。

とかまあえらそうに書きつつも、ぼくもまだ目標の途中ですし、永遠に途中にいる気がしますね(笑)。